■建設
■事業
主文
1 岡山社会保険事務局長が平成18年7月19日付けで行った申立人の保険医の登録を同年7月31日をもって取り消す旨の処分の効力は,本案判決が確定するまでこれを停止する。
2 申立費用は相手方の負担とする。
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理由
第一本件申立て及び相手方の意見
本件申立ての趣旨は,主文のとおりである。申立人の主張は,別紙1「執行停止申立書」写し及び別紙3「反論書(1)」写しのとおりであり,相手方の意見は別紙2「意見書」写し及び別紙4「意見書(2)」写しのとおりである。
第二当裁判所の判断
一疎明資料によれば,次の事実が認められる。
1 申立人
申立人は,健康保険法(以下「健保法」という。)64条に基づき,昭和56年6月20日,保険医として厚生大臣(現厚生労働大臣)の登録を受けた医師であり,昭和60年5月,a医院を開設し,その管理者となったが,平成4年5月15日には,医療法人a医院(以下「本件医院」という。)を設立し,その理事長に就任した。
また,申立人は,平成5年3月に玉野訪問看護ステーションの指定を受けたほか,平成11年11月に,社会福祉法人b(以下「b」という。)を設立し,老人短期入所施設であるショートステイc及びデイ・サービスセンターdを運営し,さらに,平成12年4月に介護保険制度ができたことを機に,ケアハウスeの運営も行っている。なお,上記老人短期入所施設については,
入所者の健康管理を行う上で医師を置かなければならないことから,本件医院とbとの間で配置医師契約を結び,本件医院から同施設に保険医が派遣されている。
2 保険医登録の取消事由
保険医療機関において診療等に従事する保険医は,厚生労働省令で定めるところにより診療等に当たらなければならないとされており(健保法72条1項,この厚生労働省令とし) て,「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(昭和32年4月30日,乙1。以下「療養担当規則」という。)が定められ,保険医がこれに違反した場合には,厚生労働大臣は,保険医の登録を取り消すことができる(健保法81条1号,3号)。
なお,保険医療機関が療養の給付に関し保険者に請求することができる費用の額の計算方法は,厚生労働大臣が定めるところにより算定するものとされ(健保法76条2項),厚生労働大臣の定めには,「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(平成6年3月16日厚生省告示第54号,乙2)が含まれており,その中の診療報酬点数表に基づき,保険医療機関が診療報酬を請求することとなる。
3 本件処分
岡山社会保険事務局長は,本件医院について診療報酬の不正請求等を疑わせる報道等がされたことから,平成15年1月24日,申立人及び本件医院に対し,岡山県との合同による個別指導(健保法73条等参照)を実施し,その後,患者調査を行った後,平成17年12月12日から平成18年3月17日にかけて計5日間にわたり,本件医院における医療行為及び健保法に基づく診療報酬の請求に関する監査(健保法78条等参照)を実施し,同年6月21日及び同年7月3日,申立人及び本件医院に聴聞の機会を与えた上,岡山地方社会保険医療協議会の諮問を経て,同月19日,別紙5「処分理由書」のとおりの不利益処分の原因となる事実を認定し,これが健保法81条3号に該当するとして,申立人の保険医の登録を同月31日をもって取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)と本件医院の保険医療機関の指定を同月31日をもって取り消す旨の処分を行った。
4 本案訴訟
申立人は,平成18年7月20日,本件処分の取消しを求める訴訟(本案訴訟)を当庁に提起し,本件執行停止の申立てをしたほか,本件医院の保険医療機関の指定を取り消す前記処分についても,本件医院から処分の取消しを求める訴訟が提起され,同処分の執行停止を求める申立てがなされた(なお,本件医院からの上記執行停止の申立ては,当庁第2民事部において,既に却下決定がなされ,確定している。)。
5 本件医院の廃業等
本件医院は,本件処分の効力が生じた日である平成18年7月31日,廃業届を提出し,本件医院としての医療を廃止した。
なお,本件医院は,金融機関から2億円を超える融資を得ており(毎月の返済額は合計約180万円に上る。),申立人もその連帯保証人の一人となっている。
二重大な損害を避けるための緊急の必要性
本件処分は,申立人の保険医の登録を取り消すものであり,これにより申立人の行う保険診療が一時的(原則5年間)に停止されることになるが,申立人の医業の停止を命じるものではなく,本件処分の効力が生じても,申立人は自由診療を行うことは可能である。
しかし,申立人の医療活動が,自由診療に限定されると,保険診療を継続する場合に比して収入が大幅に減少するであろうことは容易に推認できるところであるし,前記一5のとおり,本件医院は平成18年7月31日に廃業しており,本件医院の金融機関に対する主債務の履行が期待できない状況にあるから,連帯保証人である申立人が月額合計約180万円の返済をして保証債務を履行して行かなければならないこととなるが,これでは判決確定までの間に申立人の生活が経済的にひっ迫して申立人の医業活動の存続自体が至難となり,ひいては,申立人が医療活動や医療情報から疎遠となって,申立人の医師としての知見,技術,能力等の低下を招くおそれがあるものと認められる。
したがって,本件処分により,申立人に重大な損害が生じ,かつ,これを避けるため緊急の必要性があるというべきである。
三本案について理由がないとみえるとき
1 本件処分の理由とされた申立人に係る不利益処分の原因となる事実は,別紙5のとおりであり,相手方は,申立人については上記事実が疎明されるとして,本件申立ては,本案について理由がないとみえるときに該当すると主張する。
2 そこで,以下,別紙5の処分理由中,被告が「意見書」(別紙2)第5の2(1)ないし(12)(19頁以下)において具体的事実を挙げて主張する別紙5の第2記載の事由(以下「本件処分事由」という。)について検討を加える。
(一) まず,本件処分事由1ないし4,6,7,12については,相手方提出の疎明資料により一応その事実が認められ,かつ,これにつき,申立人に監査要綱(甲42)の第6所定の重大な過失があることがうかがわれる。
(二) しかしながら,本件処分事由5,8ないし11については,次の(1)ないし(5)のとおり,相手方の疎明が十分でなく,本案審理をまたなければ,なおその事由の存否や上記重過失の有無について決し難いというべきである。
(1) 本件処分事由5
相手方は,患者が他の医療機関に転院した場合には,退院時リハビリテーション指導料は算定できないところ,申立人は,他の医療機関に転院した患者Hについて,退院時リハビリテーション指導の不実記載を行い,平成16年9月,本件医院に対して同指導料を不正に請求させた(乙10の3,不正請求額2700円)と主張する。
しかし,申立人が当該患者の診療録に不実記載をしたことを認める疎明はなく,本件医院の上記不正請求について申立人に重大な過失があることをうかがわせる疎明もないから,診療録の不実記載の有無,申立人の重過失の有無については,本案訴訟において,さらに審理を尽くす必要がある。
(2) 本件処分事由8
相手方は,申立人が通院可能な患者Eに訪問診療を行ったとして診療録に不実記載を行い,平成13年4月から平成14年8月までの間,本件医院に対して寝たきり老人訪問診療料(U)又は在宅患者訪問診療料を不正に請求させた(乙10の7,本件処分事由9と合計で90万円の不正請求)と主張する。
しかし,申立人は,当該患者はその病状,健康状態等から通院困難と判断しており,その判断は医師としての合理的な範囲内のものであると主張しているのであり,かかる主張を否定するに足りる当該患者の通院可能性等に係る疎明資料はないから,本案訴訟において,この点を審理する必要がある。
(3) 本件処分事由9
相手方は,申立人が寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しない患者Eに対し,寝たきり状態又は準寝たきり状態であり,訪問診療を行ったとして診療録に不実記載を行い,平成13年4月から平成14年8月までの間,本件医院に対して寝たきり老人在宅総合診療料を不正に請求させた(乙10の7,不正請求額は,前記のとおり,本件処分事由8と合計で90万円)と主張する。
しかし,申立人は,当該患者はその病状,健康状態等から,総合的評価として,障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準のランクAと判断しており,その判断は医師としての合理的な範囲内のものであると主張しているのであり,かかる主張を否定するに足りる疎明資料はないから,当該患者が寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当するか否か,また,申立人がそのように判断したことの相当性に関し,本案訴訟において審理する必要がある。
(4) 本件処分事由10
相手方は,24時間連携体制加算(T)を算定する保険医療機関にあっては,患者又はその家族に「特掲診療料の施設基準及びその届出に関する手続きの取扱いについて」に示された様式又はこれに準じた様式の文書が必ず交付されていることを要し,また,患者又はその家族等の同意を得て,寝たきり老人在宅総合診療料の算定対象となる在宅寝たきり老人等の療養に必要な情報を連携医師,連携保険医療機関,連携地域医師会等に対して予め文書(「特掲診療料の施設基準及びその届出に関する手続きの取扱いについて」に示した様式又はこれに準じた様式の文書に限る。)をもって提供し,その写しを診療録に添付しておく必要がある(平16年2月27日保医発227001号,平成16年5月28日保医発528003号)にもかかわらず,申立人は,患者Fについて,平成15年1月から平成17年3月までの間,患者又は家族に対して所定の文書を交付しておらず,また,当該患者の療養に必要な情報を連携医師に対して予め所定の文書をもって提供していないのに,24時間連携体制加算を算定し,この診療報酬を本件医院に不正に請求させた(乙10の8,不正請求額30万2400円)と主張する。
しかし,申立人は,患者又は家族に24時間連絡できる電話番号を教えるなどして実質的に上記要件を満たした文書を交付していたと主張しており,また,上記のとおり,24時間連携体制加算(T)を算定するに当たって,上記様式又はこれに準じた様式の文書の交付を要するなどの指針が明確化されたのは,平成16年2月以降のことである。そうすると,申立人に重過失があると断定するには,現時点で提出された疎明資料では足りず,さらにこれを根拠付ける諸般情について,本案訴訟において審理を尽くす必要がある。
(5) 本件処分事由11
相手方は,申立人が平成13年1月にケアハウス入居予定者である患者Eについて実施した健康診断に関し,診療録に診断しない事項について不実記載を行い,その費用を本件医院に不正に請求させた(乙10の9,不正請求額1万6713円)と主張する。
しかし,申立人は,相手方が指摘する諸検査は健康診断として実施していないと主張しているのであり,これを否定するに足りる疎明資料はないし,また,診療録への不実記載の事実を認めるべき疎明資料もないから,これらの点を本案訴訟において審理する必要がある。
3 本件処分の適否
以上の次第によれば,申立人については,本件処分事由1ないし4,6,7,12については,その事実と申立人の重過失の疎明があるといえるが,その余の5,8ないし11についてはこれがないというべきところ,上記疎明がある事由と疎明がない事由との事実関係やその不正請求額等を彼此対照して検討を加えるならば,上記疎明がある事由だけでは,直ちに本件処分に裁量権の逸脱がないものと断定することはできないというほかはない。
よって,本件申立てが「本案について理由がないとみえるとき」に該当するとはいえない。
四公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ相手方は,本件処分の執行を一時的にでも停止して申立人に保険診療を継続させることは,法の趣旨に反し,保険診療に携わる最低限の能力,資質等を有しない医師が保険診療を行うことを容認する結果となり,医療保険全体の秩序崩壊を招来し,国民の信頼をも失われることになる旨主張する。
しかし,相手方の上記主張は,それ自体としては正当であるとはいえ,あまりに保険診療の適正とこれに対する国民の信頼確保の観点に偏した主張といわざるを得ないし,本件処分は,申立人の保険診療に携わる資質に係る処分であって,申立人の医師ないし医療行為に係る処分ではなく,また,甲57の嘆願書に徴すると,本件医院における診療を通じてではあるが,申立人がこれまで地域医療に貢献し,患者からの信頼を得ていることがうかがわれるところである。
そうであれば,上記公共の福祉に対する影響を考えるに当たっては,申立人が医師として果たしている社会的役割等をも勘案しなければならないというべきところ,申立人は,上記のとおりに地域医療に貢献しているというのであるから,相手方の主張を十分考慮したとしても,本件処分の執行停止をすることが公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとまでいうことはできない。
五結論
よって,本件申立ては,理由があるから認容すべく,申立費用につき,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり決定する。
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